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2008.02.20 (シャニム22号掲載)

福島敦子のアントレプレナー対談 No.22

バーディ企画◎杉山葉子社長
杉山葉子社長と福島敦子
 
高齢者に「夢」と「活力」与える
シニアタレント育成の先駆者

 

(株)バーディ企画(東京都大田区)
65年に前身となる栄音楽事務所設立。74年に(株)バーディ企画を設立し、ラジオ番組企画制作を開始。77年にはテレビ番組制作部を新設し、テレビ映 画、CMなどの企画制作を開始。テレビ東京他12局ネットの「スターバラエティー」の制作がスタート。93年にタレントセンターを開設し、タレント育成事 業を開始。以後、多数のタレントを輩出。現在はシニアタレント養成のパイオニアとして注目されており、200人以上のシニアタレントが所属している。
●07年度年商 約2億円

 

芸能界でできるシニア事業

 福島 まず、芸能プロダクションや番組制作の、業界の現状から教えてください。
 杉山  弊社は元々、番組制作会社としてやってきました。バブル期までは本当に景気がよく、多くのレコード会社さん、プロダクションさんがスポンサーに付いてくださいましてね。ところがバブルの崩壊で、軒並みスポンサーさんが降りてしまい、制作本数が3分の1ぐらいまで激減したんです。このままでは潰れてしまうという状態まで追い込まれました。何とか生き延びることを考えていた時に、タレント養成部門の話を頂戴したんです。

福島敦子氏 福島 外から話を持ちかけられたんですか。
 杉山  そうなんです。最初は、ある会社がタレント養成学校を設立するので、うちの看板を貸してくれないかと。しかし、その学校がスムーズにいきませんでしてね。結局、300名の生徒さんをうちで引き取ることになったんです。そのために養成学校がどういうものかを1から勉強しなくちゃいけない。全国を飛び回って、いろんな学校のやり方を勉強させていただきました。そうやって弊社の養成部門である「バーディタレントセンター」ができたんです。

 福島 今話題のシニアタレント養成に進出したきっかけは。
 杉山  最初はジュニアが中心だったんですが、やはりジュニアの老舗といわれる劇団ひまわりさんや東俳さんなどにはかなわない。しかも、ものすごく手間がかかるんです、子どもは。保育園児と同じ3〜5歳ですから、レッスン中に喧嘩はします、おもらしはします、泣きだしもします。しかも、お母様が必ず付いてこられ、いろいろと注文を付けてきます。それでジュニアはきっぱり止めて、13歳以上にしたんです。そうしますと、応募者の中に40歳以上の方がぽつぽつ入ってくるようになったんです。しかも、番組制作会社からのオファーも「40〜50代でこういうキャラクターの人はいませんか」という要望が出てきたんです。

 福島 それまでシニアのリクエストは、あまりなかったのですか。

杉山葉子社長 杉山  ええ。多分、バブル崩壊で私どもと同様、他の制作会社さんも番組制作費を削られたんでしょう。今までは中堅の役者さんを起用していたのが、無名でも実力のある方に切り替えてギャラを抑える。きちんと演技ができ、セリフがいえれば無名でもいいわけですから。

 福島 それは一般のシニアの方にとってチャンスですね。
 杉山  昔と違って今のシニアは若いですし、多分、これからの人生の方が長いですよね。男性でしたら、これまでは家族のためにお仕事を頑張ってきた方がほとんど。女性も旦那様やお子様のために、汗水たらして生きこられたと思うんです。そういうものが手を離れた時に、「今後、何をしたらいいんだろう」と考えると思うんです。私どもの研修生に聞いても、「親御さんに反対された」「生活のための仕事を選んだ」という方がほとんど。でも皆さん、これからの人生は「自分のために時間も経費も費やして、自分自身が輝きたい」とおっしゃっています。
 私自身も、これからはシニア産業がものすごく発展していくんじゃないかなと。で、この芸能界でできることって何だろうって。その時にシニアタレントというのが、頭をよぎりましてね。そういう応募もぽつぽつきていましたし「じゃあシニアだけの募集広告を打ってみよう」ということで始まったんです。


セリフのもらえる役者を育成

 福島 スポットライトを浴びたいという欲求は、人間誰しも多少は持っているのでしょうね。
 杉山  皆さん、表には出さないんですけどれも、根底には持ってらっしゃいますね。それを引き出してあげるのが私たちの役目。応募者の中には、本当に演技をやりたいという方と、通行人Aでもいい、という方がいます。後者はエキストラというジャンルになるんですが、私どもはエキストラのお仕事はお断りをさせていただいており、一言でも二言でもセリフのある役者を育てることを目的にしています。
 私どもへお入りになったら、まず4カ月間は発声、滑舌(かつぜつ)、ストレッチなどの基本や身体を動かしてリズム感を養っていただく。そして5カ月目から専門的なセリフ、表現力、演技力の勉強をしていただき、早い方で半年経ってからお仕事のプロモートを始める。そういうカリキュラムですので「これについてこられないと難しいですよ」ということを申し上げています。

 福島 研修できちんと訓練をして、そういうことができる人を育てる。
 杉山  セリフを多くいただける役者さんを1人でも多く育てることを目的にしているので、レッスンに卒業はありません。

 福島 仕事がきても、レッスンは常に続くわけですね。
 杉山  そうです。当然その中で、長くいらっしゃる方は月謝も値下げをしていく。それと、昇格があるんです。私どもでは入ったばかりの方は研修生、優秀な方は準特待生、そして特待生、契約タレントと昇格します。昇格に従い経費も軽減され、契約タレントになれば一切経費はかからないシステムです。

 福島 特待生以外は月謝をずっと払い続けるんですか。
 杉山  研修生でいるうちは、そうです。ただ、研修生でもお仕事はしていけるわけですから、その分のギャラはお支払いしますし、ご自分の月謝分ぐらいは稼いでいる方も少なくありません。
 ずっとレッスンし続けることの意味は、再現ドラマなどの主役級になりますと、本当のドラマを演ずるぐらいの演技力が必要になるからです。仕事をすればするほど高度な技術を要求されますから、それに見合ったレッスン内容にしなくてはいけない。入った年数に応じて演技のレベルもどんどんアップしていく。現場のいろんな状況に対応できるレッスン内容にしています。

 福島 仕事があるのが何よりですが、それ以前の部分で、研修生にとってはどんどん自分が変わっていくことが新鮮かもしれませんね。
 杉山  正しくその通りで、周りの方たちにいわれるそうなんですよ。「お母さん、いきいきしてるね」と。身体を動かすので、シェイプアップもされてきますし。
 それと同じクラスには、同じ夢と目標を持った同年代の人が集まっているわけですから、レッスンが終わった後に皆さんでお茶を飲みにいったり、食事にいったり。ここへくると全部開放される。その上でお仕事ができることが、リフレッシュになるんですね。

夢はホール付き自社ビル

 福島 受け入れるバーディ企画さんからすると、月謝をきちんと払ってもらい、お仕事があればマネージメント料30%を受け取れる。変動の激しい業界で、安定経営を実現できる方策ですね。
 杉山  正直な話、シニアは若い人たちよりも豊かですからね。若い人だと催促しなくちゃ払わなかったり、分かっていても払わなかったり、払えなかったり。シニアの方は期日前に入金いただける。自分のやりたいことのためには、時間も経費も惜しまない方が多いと思います。

 福島 このビジネスモデルは、杉山さんが企画したわけですよね。結果的にターゲットが富裕なシニア層になっていることも重要ですね。
 杉山  そうですね。応募者の中にはリストラされて職がみつからず、うちの募集広告を見て「これだったら食べていけるんじゃないか」と。

 福島 そういう方もいるんですか。
 杉山  ええ。ですから「この道で食べていくにはそれなりの時間と投資が必要」ということを、はっきり申し上げています。すぐに食べていけると思ったら大間違い。それだったら、きちんとしたお仕事をお探しになった方がいいですよと。自分の夢を実現するには、まず生活基盤をしっかりさせることが重要だと思うんです。夢や目標は大きく持っていただきたいのですが、そのためにはやはり、月謝を自分自身への投資と思ってやっていただかないと。投資した上で自分が稼げるようになるわけですから。

 福島 バーディさんの売り上げの中で、シニア関連の割合は?
 杉山  総売り上げの約50%は月謝やその関連経費ですね。残りの25%が番組制作、25%がマネージメント料。ですから、私としてはマネージメント料の割合をもう少し高めたい。そのためにも1万円のお仕事ができる人よりも、10万円のギャラをいただける人を増やすことが重要なんです。それと、私自身も番組で育った人間の1人として、やはり番組制作を増やしたいですね。
 後は、私の代で実現できるかどうか分かからないんですが、やはり自社ビルがほしいですね。今は、発表会などはホールを借りています。公的な施設はお安いのですけれど、1年前の予約だったり抽選だったりと、希望の日時に借りられないことが多い。ですから常設のステージやレッスンスタジオのあるビルを持つことが目標です。
 レッスンだけをしていても駄目なんですよ、こういうものは。人前で見せることで成長する。そういう場を増やしてあげたいんです。


16歳から芸能界一筋

 福島 杉山さんは16歳で日劇ダンシングチームに入られてから、芸能界一筋ですよね。芸能界への憧れが強かったんですか。
 杉山  全然なかったです。貧しい家に生まれたものですから、とにかく早く自分で稼げるようになりたかった。お金の苦労はもうしたくないって。高校受験に失敗して悩んでいた時に、たまたま日劇ダンシングチームの募集広告があったんです。母が「受けてみたら」って。母は大好きだったんですよ、レビューとか。

 福島 踊りなどの経験は?
 杉山  何もやっていませんでした。でも「未経験者可」だったんです。1からレッスンを受けられ、手当までいただける。魅力的でしたね。

 福島 入団試験は難しかったんじゃないですか。
 杉山  水着審査があって、歩かされたり、ちょっとリズムに乗ってステップを踏まされたりとか。それで、何か受かってしまったんですよ。運がいいんです。通常は20〜30名しか採らないのですが、その年は建て替えた帝国劇場のこけら落としの年だったので、通常の倍を採用したんです。春に入団して、本来は秋が初舞台なのですが、私は夏に帝劇のこけら落としで初舞台を踏ませていただきました。

 福島 ご両親も、よくご覧にこられたんですか。
 杉山  母はもう毎回見にきて、1日3回公演だと3回見て帰る。「杉山さんのお母さん、また見てるよ」って、先に出た人がいうんです。席を変えて前だったり、後だったり。

 福島 元々お好きだったということですから、愛娘がその舞台に立つというのは、どれほどうれしかったことでしょうね。
 杉山  それが唯一の楽しみだったのかなとも思います。結局足かけ7年ぐらい日劇におりました。ただ、井の中の蛙ですから、宝塚などと違って、日劇は潰しがきかない。演技もやっていませんし。このまま日劇しか知らないで家庭に入ってしまうのも、つまらないしもったいない。何か違う世界を知りたいと思いました。また、そこまでやっていても、いただくものも限られていましたしね。舞台を踏みながらも、アルバイトを続けていましたから。

 福島 そこで三越ファッションシスターズへ転身。
 杉山  当時、すごく話題になったんですけれども、要は三越の専属モデル兼コンパニオンですね。その募集広告があったんです。その当時でお給料50万円。

 福島 すごいですね。
 杉山  「えっ!」と思ってオーディションを受けるだけ受けてみたら、これも運よく受かりましてね。でも、ファッションシスターズはモデル、着せ替え人形なんです。「はい、これ着て。これ着て」という。それに満足できなかったというか。お給料はいいんだけれども、まだその当時は歌手になる夢がありましたし。
 あるレコードディレクターの方が、歌をやりたいんだったらと紹介してくださったのが、今のうちの会長(バーディ企画創設者・栄慈郎氏)なんです。さっそくオーディションを受けたら「歌はプロとして通用しない」と一蹴されました。でも、声がラジオに向いてるといわれましてね。たまたま会長が、番組制作会社の立ち上げを計画中で、そこに役員兼ラジオ パーソナリティーとして参加することになったんです。

常に明るく、若々しく

 福島 今は経営者という、新しいステージに立たれたわけですが、どうですか。女性経営者ならではの苦労とか、メリットはありますか。
 杉山  一般の経営者がなさる資金繰りなどの苦労はありますよ。それ以外の苦労は、そんなに感じていないですね。反対にメリット的な部分は、やはり女性ならではの男性にはないソフトさを出せることだと思うんです。人が人を管理して、その人を売る商売ですから。例えば現場でぎくしゃくしているディレクターさんに「うちのタレントを使ってください」とお願いする時も、男性より女性の方が当たりが柔らかいでしょう。研修生を指導する際も、男性が頭ごなしにバンバンというよりも、女性が真綿でくるんだ言葉でいってあげると、シニアの方のプライドを傷つけないとか。

 福島 経営者として心がけていること、大切にされていることはいかがですか。
 杉山  やはり夢を売る商売ですし、タレントにいつまでも若々しく、美しくいなさいという立場ですから。まず私自身が汚くなってはいけないし、生活の匂いをさせてはいけない。いつも笑顔でいなくちゃいけない、追い込まれて四苦八苦していても、それを顔に出しちゃいけない
 それと、思いやりと優しさを大事にしています。これはDJをやっていて学んだことなんですけれども、ラジオはどこでどういう人が聞いているか分かからない。例えば映画の話をするにしても、「この映画はこうで、女優さんがこういうファッションをして、これがものすごくよかったんですよ」と具体的に話さないといけません。「あの女優さんのファッション、よかったね」で終わってはいけないわけです。しゃべるということは、聞いている人への思いやり。そういう気持ちで話さなくてはいけないということを学んだのですが、それは会社経営も同じだと思います。

 福島 まだ女性の経営者は少ないですけれども、後に続く女性たちにメッセージをお願いします。
 杉山  恐れ多いです。まだまだ未熟ですから。経営者としてもまだ勉強中の身ですので。実は、LBA(Ladies
Business  Owner’s  Association)という女性のオーナー経営者の勉強会に入っているんです。様々な業種の方がいらっしゃって、私は若手なんですよ。皆さん大先輩で60過ぎ、70近い方がまだ現役でやってらっしゃって。私は皆さんの歳までやっていられるのかしら、と思ったりするんですけれど。

 福島 いろんな意味で、よい刺激を受ける場ですね。
 杉山  芸能界も今でこそ女性経営者が増えましたが、私が芸能界に入った頃は渡邊美佐さん(渡辺プロダクショングループ代表)が業界のカリスマ的な存在。憧れました。今、ありがたいことに音楽出版社協会(渡邊氏が名誉会長を務める文科省認可の社団法人)で、アシスト的なことをさせていただいており、たくさんのことを教わっています。

 福島 渡邊美佐さんにはお会いしたことがあります。本当にエネルギッシュで、お若く見えますよね。
 杉山  さすがに第一線でずっと活躍し続けている方。オーラがありますよね。私も一歩ずつでも近づくことができるように、もっともっと勉強します。(敬称略)

 

○杉山葉子(すぎやま・ようこ)氏
 1950年、川崎市生まれ。16歳で日劇ダンシングチームに入団し、5年後に出演者表に名前が載る「連名」入りを果たす。三越ファッションシスターズを 経て74年バーディ企画入社。ラジオパーソナリティーやナレーターなどとして活躍する。93年同社が設立したタレントセンターの代表になり、99年社長に 就任。

 

インタビュー後記
 「ピンチこそ最大のチャンス」とよくいいますが、バーディ企画さんのシニアタレント養成事業は、正しくこの言葉がピッタリですね。バブル崩壊という時代 の大変化を、結果として新たなビジネスチャンスにつなげたわけですから。  お話しをうかがっていて強く感じたことは、杉山社長は、決して現状には満足しない、ということです。自分の置かれた環境の中で、常にベストを尽くす。三 越ファッションシスターズのお話しもそうですが、せっかくいいお給料をいただけていたにもかかわらず、着せ替え人形でいることに疑問を感じ、別の世界へ飛 び込んでいかれた。そういうひたむきさが、いい人との出会いを生み、次のチャンスにつながっていったのだと思います。  まだまだ女性経営者は少ないのですが、芸能界は感性が問われる業界。杉山社長ならではの感覚を生かすことで、さらに活躍されることと思います。(談)